昨日は午前中にお弁当を配達して休業しました。
そして生まれて初めて茶室にお招き頂きましたので訪問しました。
お清めして。
こんな小っちゃい入口!
昔は刀を外して入るんですね。
中に入ると2畳!のコンパクトなお部屋。
でも何か落ち着く空間。
その後、広間に移動。
茶器の数々。
季節に合わせて厳選された器が用意されています。
なんでも沢山揃えるのではなく、
厳選されたという表現がぴったりかな。
床の間も涼しげです。
「瀧」
まずはお茶菓子を。
「花火」
これだけで体感温度が下がります。
黒文字も濡らしてあります。
美味しかった!
そして、お抹茶を...
写真撮ってないです。
静かな茶室にお湯を運ぶ畳と足袋の擦る音、お湯を汲む音、お茶を立てる音、
抹茶の香り、ガラスの器。
気持ちがどんどん落ちついていくのが判ります。
心のこもったお抹茶をググッと飲み干す。
楽しい会話も弾む。
お客様をお招きする際の心構えなど勉強になります。
茶道では完璧を求めないそうです。
不完全が当たり前、だからこそ自然で美しい。
何でも揃ってなくてもあるものを受け止める。
余計な欲、不満を持っても変わりませんよ、
という感じでなのでしょうか。
絵画の話にもなりましたが、西洋画は左右対称キャンバスびっしり描きますが、
日本画は余白を利用し全てに手を加えない。
こういったところにも茶・禅の「道」の思想があるのでしょう。
今はあまり聞きませんが昔から苦学生は四畳半一間のアパートが定番ですよね。
四畳半は元々茶室が由来。
これを当時の大家さん建築家たちが、
「四畳半は決して狭く貧しくなんか無いですよ。十分な広さですよ。がんばって!」
とエールを込めていたのではないか、
なんて勝手に想像してしまいました。
戦国武将とまではいきませんが、
ここのところ考え事で頭の中がパンパンになっていましたが、
お招きを受けス~っと力が抜けていくのを実感しました。
お酒提供できない、通常通り営業出来ない、
政府はメチャクチャ。
あれもない、これもない。
幾らでも出てきますよね。
以前から私の頭に利休の言葉があるのですが、
「家は漏れぬほど、食は飢えぬほどにて事足れり。」
いまある財産「お客様・家族・スタッフ・取引先などなど」
必要以上に欲張らず、悲観せず、感謝して
「自衛業」を続けていかねばならないな、と思い知らされた一日でした。
長田先生
ありがとうございました。
またお邪魔します!